食べる側にはおいしいと言う義務があるというブログへの反論
気持ちはすんごいよくわかる。
私も料理する側なので。
でも料理する側がそれを言ってはいけないと思う。
元カレが「奥さんには家事を完璧にやってもらう。それが仕事なんだから。育児があれば別だけど」と。
完璧とまで言わなくてもと思うが、一理あるなと思った。
このブログにもあったけれど趣味でやる家事とやらなくてはならない家事とは天と地ほどもちがう。
趣味で家事をやっている人は、やらなくてはいけない家事とは全く違うということをわかっていない場合が多い。
ご飯を作ると、「ありがとう」と私の家族は言ってくれるけどそれがあるとないとでは本当に全然違う。でもそれを自分が求めてはいけないと思う。ましておいしいと言ってもらうことまでは求められない。
おいしいと言ってもらうほどの料理を提供しているかと言えば提供していないから。
料理を作る人は、誰だって冷奴や焼き魚などの手抜き料理に走る事はしょっちゅうあるだろう。私もそうだ。三食完璧に作るというのはハッキリ言ってほぼ不可能。
理想を言えばそれぞれの好みに合った料理を作りたいし、やはり手抜き料理にはしたくない。料理を仕事にしているシェフだったらちゃんとそういうことをするだろう。
「シェフとシュフはちがうだろう」と言われるだろうけど全くその通り。
料理だけでなく洗濯もあるしトイレ掃除、風呂掃除とその他いろんな家事がある。
料理だけが主婦の仕事じゃない。
でもシェフとシュフのどっちが大変かというとやっぱりそれはシェフの方だろう。
「お気楽主婦になりたいと」言う人は私の知り合いにも結構多かった。やはり主婦の仕事は仕事と言うには楽な面が多いと思う。
まず何といってもノルマがない。
失敗したからといって怒る上司もいない。いくら手抜きをしてもバレないし誰にも咎められない。だからやっぱりお気楽主婦になりたいと言う人が多いんだと思う。相手にしているのは同僚でも上司でもなく自分の家族だ。
「おいしいと言ってもらいたい。」と言うのは相手が家族だからこそ出てくる気がする。それが自分の仕事を評価する上司だったりするならばそこまで私は望まない。むしろ自分の仕事にチェックを入れずに黙ってスルーして欲しいと思う気がする。
だからカボチャが固いとか、言われたりするのはしょうがないと思う。
自分の側の不手際なわけだから。
台所に立っている以上、ちゃんとした料理を提供するのは作る側の義務である。
というのも、レトルト、冷凍、クックパッドなど料理をおいしくするアイテムは今どきはいくらでもある。
ちなみに私は家族が持病があるので、使える食材も調味料も限られている。
にもかかわらず、「塩っぱい」だの「固い」だの、ある時は
あからさまにあげ足を取ってくるような態度をとられることもあって「クソが!死ね!!」と思うこともしょっちゅうだ。
だからこのブログの記事の主張も本っっっっ当によくわかる。
「毎日毎日誰のために苦労してると思ってんだよ!!!!」と。
しかし、ぶっちゃけそれはしょうがないんだ、とも思う。
食べる側は何も考えていないのだ。
「作る側の苦労を考えろ!感謝しろ!」というのは、その通りだと思う反面、
どうかな、とも思ってしまう。 料理を提供する側は、料理を作ってあげているという反面、押し付けているとも言える。
レストランに行けば家族それぞれ別のものを頼むだろう。
それって結局そういうことだと思う。誰だって自分の食べたい物が食べたいのだ。
料理ってどこか作る側の自己満足でもある。
食べる側は、外で食べたり自分の好きなものを買って食べたりする方が満足したりする。そんなに高くつかなければそれで良いのではないかと思う。食品メーカーやレストランのほうがおいしいのは当たり前なんだから。
料理に限らず、お風呂とか洗面台とかプライベートな事は、家族それぞれで自由にした方がいいと思う。でないと揉め事の種になるから。まあ、そんな訳にもいかないからそこは仕方がない。
主婦の仕事は休日がなく、主婦の仕事は終わりがない。
ドミノ倒しのようにひたすら果てしがなく、かつ終わりがない。
でも、その立場を望んだのは自分なのだから仕方がない。
仕事なのだからやりたくない事があっても大変なことがあってもそれもまた当然
なわけで。
ただ、料理を作る側でなければおいしいと言ったほうが絶対にいい。
それだけでうまくいくのだから。おいしいと言ったほうが作る側にとっては絶対に良い効果がある。
食べる側に比べて作る側は結構深刻なのである。
やっぱりそれくらいは言ってあげればいいと思う。